武蔵一宮 氷川神社

氷川神社について

拝殿

御祭神

須佐之男命 稲田姫命 大己貴命

鎮座地

埼玉県さいたま市大宮区高鼻町

例祭日

八月一日

社殿

銅板葺 流造
市指定文化財(門客人神社、御嶽神社、天津神社)

境内地

約三万坪  参道の長さ 約二キロ

由緒

氷川神社は今から二千四百年以上前、第五代孝昭天皇の御代三年四月未の日の御創立と伝えられております。歴朝の崇敬は篤く武蔵国一宮として、武家時代になってからも篤く信仰されてまいりました。

明治の御代になると明治天皇は東京奠都後、祭政一致の詔(氷川神社御親祭の詔)を賜い当社を勅祭社にお定めになり御親祭あらせられ、次いで官幣大社に列せられました。
以後年毎の例祭は勅使御参向のもと、厳粛に斎行されております。

現在の社殿や楼門等の主要な建物は勅祭社としての威容となるよう整備され昭和十五年に建てられたものです。

社名の由来

武蔵国には見沼と呼ばれた湖沼が広がっておりました。
鎮座地の高鼻町は大宮台地の上にあり、そこから湧き出た水は見沼の水源となっておりました。

氷川の名は豊かな見沼の水の神性を称えて名付けられたという説と、御祭神の須佐之男命の神話より出雲地方を流れる斐伊川から名付けられたという説がございます。

氷川神社名の神社は武蔵国を中心として約二百八十社あり、北は元荒川、南は多摩川の間に多く祀られております。