武蔵一宮 氷川神社 ページの先頭
氷川参道

氷川参道

氷川参道の変遷と今

氷川神社の参道は中山道から南北に2km伸び、両側に美しいケヤキ並木が並んでいます。昭和初期には鬱蒼とした杉並木で覆われていて「並木十八丁鉾杉つづき」と歌われていました。杉からケヤキに変わったのは戦中、戦後の資材難から伐採された事や、車の排気ガスや振動、地下水脈の低下や歩行者による根元の踏み固めなど複数の要因が考えられます。更に古い時代には参道沿いに松の並木が描かれている絵図がありますので松並木の時代もあったようです。現在の参道の樹勢状況は平成22年に作成された『氷川参道のまちづくり』によると、およそ650本の高木があり、そのうちケヤキが約65%、次いでスダジイが約10%、そのほかクスノキ、エノキ、サクラなど37種類の樹木で構成されています。そのうち20本が市の天然記念物として文化財指定され、また市の保存緑地指定を受けております。

闇市の移転と平成ひろばの整備

昭和20年8月15日の敗戦の後、大宮駅前には闇市が出来ました。掘っ立て小屋や地面に売り物を広げた露店商など、それが人々の生活の糧となっていた訳ですが、復興計画の障害となる為、旧大宮市・大宮警察・氷川神社の三者の合意によって、1年間の約束で参道の中央通り~旧16号間に移転致しました。しかしその後40年余り地区内に留まり、164戸の住まいと店舗が残りました。居住者から見ても永住できる環境ではなく、樹木もほとんど枯死して並木の景観も失われました。昭和60年から旧大宮市により氷川地区参道整備事業が始まり、仮住まいだった住民たちは別に用意した住宅などへ移転し、跡地は市が借地して緑地(延長約420m、面積1.4ha)を整備しました。中央の遊歩道には御影石を敷き詰め、両側の緑地帯にはケヤキ、エノキ、シイを主体に植栽し、散策路やせせらぎ(現在はありません)も設けました。更に緑地帯の両側に、一方通行の車道と片側歩道を作りました。整備は平成元年7月に完成してこの整備区域は「氷川参道平成ひろば」と名づけられました。

氷川参道保全の取り組み

氷川参道の環境を脅かす様々な問題の解決、また保全の為には神社や行政だけでは不可能です。その為地域の自治会、住民、また参道に関心を持つ市民の方々が参加し平成7年に「氷川の杜うるおいのあるまちづくり推進協議会」が発足致しました。協議会ではこれまで、パネルディスカッションやワークショップ、シンポジウム、講演会の開催の他、清掃活動や樹木調査の実施、歩行者や自動車、自転車の交通対策への取り組み、協議会だよりやパンフレットの発行などの活動が行われております。平成22年より緑地部分に低木や草花を植栽し、樹木保護に取り組んでおり今後も続けてゆく予定です。

氷川参道 次世代への継承

殺伐とした市街地に2kmに渡る緑の帯のような美しい氷川参道は他に類を見ないさいたま市のシンボルといえます。
参道を爽やかで快い空間として変わらずに保全する為には莫大な労力と相当な努力を要します。特に沿道の住民の皆様の樹木へのご理解とご協力は不可欠です。また氷川参道は市民の共有財産であるという認識と共に参道を保全し、次世代に継承していく心を育む環境作りは我々の責務であります。神社、行政、市民の関係強化を推進させ、後世に誇れる氷川参道を皆様と共に構築して参りたいと思っております。益々のご理解とご協力をお願い申し上げます。

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